バナー

 

 

 

もくじ

 

 

 

ひとこと

 

 

 

カレンダー

 

 

 

英語教育ユニバーサルデザイン研究学会
2019年度 研究大会報告書

PDF版はこちら https://audell.org/doc/news/20191208.pdf

英語教育における
UDの意義とその実践を考える

1.講演 「ユニバーサルデザインを意識した英語の読み書き指導について」

村上 加代子 先生(甲南女子大学)

 まずは、共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育の在り方を考えるために、ユニバーサルデザインの重要性について基調提案が述べられた。ユニバーサルデザインの考え方では、学習者の困難を予測し、適切な配慮をすることで躓きを事前に回避することが重要だと考えられる。さらに日本では英語教科においては「どう指導したらよいかわからない」、という「指導の空白地帯」が存在していることに今後取り組む必要がある。

 これまで英語圏でのディスレクシア研究から、学習者の読み書き困難の原因は明らかにされてきた。日本でも同様に英語学習時につまずく児童生徒が現れるだろう。英語圏での知見を、小中学校の外国語(活動)の指導の参考にすることができるだろう。特に、日本では音韻認識とデコーディング操作指導がほとんどされていないことには留意する必要がある。また、書字の指導では使用するフォントについても、学習者の混乱がないように配慮する必要がある。

 日本人の英語学習者にとって英語の音韻認識は自然に身につけることは難しい。会場では、音節、オンセット-ライム、音素の単位についてどのような活動ができるかを紹介した。

 

 

2.発表 「中学校英語の現状と課題」

三木 さゆり 先生(大阪市立西中学校)

 2020年からの英語教育改革の方針が国から明確に示されない状況下で、小中学校の現場では様々な混乱が生じている。小学校英語の教科化により、中学校英語の学習内容や指導事項も増えて、生徒の学習負担もかなり大きくなることが予想される。

 中学校の英語教育でも、読み書きの初期指導にかける時間が圧倒的に足りていない。英語に躓く子どもたちのためには、読み書きの基礎となる音韻認識力、音の操作の力についての指導を中学校でも丁寧に行う必要がある。

 参加のための工夫としては「学習意欲を育てる」こと、理解のための工夫としては「認知の弱さに対する配慮」が、習得・活用への工夫としては自分にあった「学習方略」を知ることが必要であることが提案された。

 

3.発表 「英語が苦手な生徒の自尊感情を高める授業」

齋藤 理一郎 先生(群馬県立太田フレックス高校)

 高等学校でも、小中学校までの学習経験の幅があり、生徒の学習意欲にも差が生じる。また、何のために英語を学習するのかという英語の学習観にもばらつきがみられる。

 英語教育UDの工夫として、英語の音と文字の関係や形状認識、学習の仕方を生徒自身に考えさせること、正しい綴りの認識テストの工夫、話す聞く活動工夫、辞書の使い方、文法指導の工夫、教科書使用の工夫、お互いの顔が見える言語活動、できる感が感じられるテストの工夫など、現場での具体的な実践例が紹介された。

 高校英語で身に着けさせることとしては、生涯にわたって英語を学び続ける姿勢や、自分の学習特性を知り、自分の苦手と上手に関わり、英語を使う目的を学習者が「自分事」としてとらえることができるようにすることが重要であることが紹介された。

 

4.発表 「ディスレクシアと英語の学びについて」

 藤堂 栄子 先生(認定NPO法人エッジ代表)

 ご自身の体験から、読み書きに困難のある学習者の現状と課題について紹介があった。ディスレクシアは不便だが、不幸ではない。一番の障壁は周囲の「理解不足」によるものである。

 日本人にとっては、英語との言語的距離や、音の数が少ないこと、ローマ字やカタカナことばの影響、コミュニケーションスタイルの違いなど、英語を学習する上でいくつかのウイーク・ポイントがあると考えられる。

ディスレクシアの支援としては、読み書き困難に対する社会の理解、アセスメントの重要性、個に応じた指導、ことばの背景知識の活用、学習者のメタ認知能力の向上などが必要である。効果的なアセスメントが行われれば、個別の支援計画を作成、指導法の工夫、フォント使用の配慮、スタディースキルの習得、ICTの活用など、様々な合理的な配慮が可能となる。

 

5.シンポジウム

 司会:飯島 睦美 先生(群馬大学)

【フロアー間の協議】

・「効果的な指導」の方法を現場の教員間でどうすれば共有できるか?

 → 高校入試定期試験の分析を英語教員間で共有することで支援の方策を共有できる。

 → 担任の先生に生徒の学習困難の状況を疑似体験してもらうことで理解が進んだ。

 → 学校の先生に丁寧に説明することや、DaisyなどのICT機器を活用するのも有効。

 → 教員間で自主的な研修を行い「同僚性」を高めることが有効な手段の1つである。

 → 担任から生徒の困り感を教科担当に伝え、疑似体験をしてもらい、困り感をシェアすることで第一歩が進んだ。

→ チームで指導案などを共有し、日常からのコミュニケーションを大切にすることが必要である。

 → 大学の授業でも、同一クラス担当の教員やスクールカウンセラーがこまめに連絡を取り合い、支援をすることが有効である。

 

 

【その他】

① 三木先生

→ 指導における教員間の指導観の差(teachers belief)をもう一度見直し、何をどこまで指導するのかを共通認識することが重要である。また、学習のゴール設定のしかたをどの生徒にもわかりやすいように行うことが重要である。

→ 指導すべきことの中で、「やらなければならないこと」と「やらなくてもいいこと」をしっかり見極めることが重要ではないか。

② 齋藤先生

→ 学習集団全体を鳥瞰し、どの生徒にその日の焦点を当てるかを考えながら授業を構成すると、周りの生徒のモチベーションも刺激され学習意欲が向上する。

→ また、指導観を同僚と共有するために、壁新聞などの生徒の学習成果を掲示し、視覚化することも有効であった。

③ 藤堂先生

→ 読み書きのアセスメントはWISCなどとは違う方法を用いる。現在、有効なアセスメントの方策を開発中。このアセスメントを用いると、保護者や学校側に具体的な支援の方法や学習スキルに関して明示的に伝えることができる。

→ ディスレクシアのメリットは、空間認知能力や身体表現能力などが高い。映画監督や俳優さんにもディスレクシアもいる。大切なことは「自尊心」を大切にすることではないか。

→ ディスレクシアの指導に関するe learning を開発しているので活用してほしい。

④ 村上先生

→ 海外の視察経験から、集団の中での個別最適化学習を行うことが有効である。

  英語は「生涯学習」と考え、長いスパンで児童の学習成長を考えるようにしては?

  今後の教科書改訂にあたっては「読めるようになる」配慮がされた教科書の作成を期したい。

→ 何より、指導者同士の「つながり」を大切にしてくことが重要

【参会後記】

 全国各地から、現場の教員、研究者、民間指導員、私塾関係者、大学教員など様々な立場

の参加者が一堂に会し、英語教育UD研究に関して議論した有意義な会であった。

 心に残ったキーワードは「自己肯定感」「自分事として」「周囲の理解」の3つ。適切な支援が行われることで、小中高大、すべての学校段階で学習者の自己肯定感を高めることができ、英語学習以外でも学びの意欲付けにつながる可能性がある。

 また、教師がすべてを用意するのではなく、なぜ学ぶのか、何を学ぶべきなのかということを学習者自身に選択させ、学びを自分事としてとらえられるようなエンパワーメントとしての学習支援も必要である。

 読み書き困難に対する、周囲の正しい理解と適切な対応は、読み書き困難な学習者を救うだけでなく、すべての子どもたちや教師・保護者などにも寛容で、幸せな学びの場作りに貢献するものであると感じた。

       (文責:加藤 拓由 岐阜聖徳学園大学)

 

PDF版はこちら https://audell.org/doc/Q&A.pdf

Q    小学校では,英語の困難性を知る,アセスメントなどはありません。子どもの英語の躓きを知る方法などはないでしょうか? 

小学校教員 20代 教職2年目


A    回答者 甲南女子大学人間科学部総合子ども学科
准教授 村上加代子 先生

そもそも小学校ではこれまで英語は教科ではありませんでした。そのため、一概に英語のつまずきといっても、何を基準につまずきと言えるのか、ということから始めなくてはなりません。指導要領では学習のゴールとなる姿は示されていますが、そこに到達しないことがつまずきかというとそれもまた違います。今後、英語が教科となることで、ある程度平均的な姿が明らかになっていくでしょう。たとえば何歳ごろにどの程度アルファベットの大文字が書けているのかという標準の値があれば、そこから大きく遅れている子どもを見つけることができるようになります。言い換えると、教科でもなく、年齢別の標準値もわからない現段階では「小学生の英語のつまずき」を正しく測定したり「遅れている」と断定したりすることは困難だということです。

ただし、小学校でも可能なことがあります。それは「つまずきの予測」です。特に読み書きは発達の段階がかなり明らかにされているほか、母語でのつまずきが外国語学習にも関係することが知られています。特に後者のつまずきは、英語を学習する以前から明らかになっていることが多いため、「英語学習時にこういうところでつまずくのではないか」とある程度予測を立てることができます。

たとえば書字の際に文字の形が崩れている場合、アルファベットでも同様に文字形が崩れる可能性は大きいでしょう。本人の努力や練習不足でないことがほとんどで、その原因としては目と手の協応の弱さや、視機能の弱さなどが考えられます。また、文字を思い出しにくい(漢字が覚えられない、偏や旁がバラバラになる)などの困難さがあれば、アルファベットの文字習得にも時間がかかるほか、文字の上下左右反転などの誤りが生じる可能性があります。さらに、小学1年生で特殊音節の読み書きに難しさを抱えていた場合、言語の音韻を捉えたり操作したりするスキルの弱さが関連していることがあります。これは英語圏のディスレクシアの最も大きな要因と考えられており、音韻性の処理の弱さがあれば、単語の読み書きといった基本的なスキルに大きな問題が生じる可能性が指摘されています。

このように、小学生を対象として英語の困難さを測定する正式なテストは日本にはありませんが、言語という領域であることを考えれば、「こうなるのではないか」と予測を立て、早めに指導対策を行うことは十分できるとも言えるでしょう。つまり、1年生、2年生のかな文字や漢字での読み書きの状態をしっかりと見ることが、現在のところ、英語の困難さの早期発見・早期対策に最も効果があると考えられます。



Q  書きに配慮のいる児童の場合,国語では,回答の聞き取り,代筆,理科や社会では,漢字をひらがなで書いても可能などの配慮や支援を行うことができます。英語学習において,アルファベットを読むこと(エイ,ビー など)ができるが,アルファベットを書くことが困難な児童の書字において,どのような支援,配慮が考えられるでしょうか?
小学校特別支援教育コーディネーター


A  回答者  松江市立意東小学校 教諭 井上賞子 先生

以下のように前提を考えて回答させていただきます。

・アルファベットの弁別はできている

・お手本を見ながらでも、形が取れなかったり「a」「d」といった似た形の書き分けができない

・場面は小学校の高学年であり、単語を記憶するという課題ではなく「見て書く」課題の場面での困難

=====================================================

アルファベットを読むことができるということは、形の弁別はできているということだと推察します。書かれているものが「a」なのか「d」なのかはわかるけれど書き分けができず後から見て「何を書いたのかわからない」という状態ですね。

以下のような方法を試してみてはいかがでしょう?

 

  • 書きやすい用紙とお手本の書体を選ぶ

・4線ではなく2線の用紙からためしてみる、2線と3線の間に色をつけてみる、幅をかえてみるなどの工夫をしてみる

・お手本の書体を書きやすいUDの書体にする

・UDの書体でのなぞり書きをしてから見て書くことができるような用紙を用意する

  • 選んで組み合わせる

・アルファベットのシールやブロックを用意しておき、そこから正しいものを選んで組み合わせることで課題に取り組めるようにする(ブロックの場合はあらかじめ問題をタブレットに入れておけば、組み合わせたら写真にとって問題の上に配置しての提出もできる)

③ICT機器を使う

・キーボード入力を代替え手段として使う

・従来のキーボードだとキーが多すぎて混乱してしまう場合にはWordWizardのようにアルファベットだけが表示されたアプリも使うお子さんによって「書きやすくする」ことが必要なのか「別の手立てを持って書く活動に取り組む」ことが必要なのかが違ってくると思いますので、課外の時間に試してみたり本人とどのやり方がやりやすいか相談してみたりしながら取り組んでみられることをお勧めします。


Q&Aコーナーでは,会員の皆様からの質問・疑問を募集しています。

日頃の指導・支援に関する悩みを一緒に考えていきましょう。

 

 

書籍紹介:

『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

伊藤亜紗 (2015) 光文社新書

井狩幸男(大阪市立大学英語教育開発センター教授)
PDF版はこちら https://audell.org/doc/news/book_ikari.pdf

皆さん、こんにちは。大阪市立大学の井狩です。

 私は今、文学部や文学研究科で専門科目を教えながら、学部の主専攻と異なるグローバルコミュニケーション副専攻で、英語能力の伸長と共にグローバルマインドの習得を目指す学生の為に、GC総合演習という科目を担当しています。このクラスで本書を使用しました。いわゆる「障がい」に対する先入観や固定観念が払拭され、随所で新たな気づきが生まれることに起因します。

この本はご存知の方も多いかも知れません。有名な絵本作家のヨシタケシンスケさんが書かれた『みえるとかみえないとか』の元になった書物です。

「まえがき」で、伊藤先生は、本書のことを次のように書かれています。本書を知る上でとても大切な箇所ですので、少し長くなりますが、引用します。

“世界とのかかわりの中で体はどのように働いているのか。本書は、広い意味での身体論を構想しています。ただし、これはあまり前例のない身体論かもしれません。一般に身体論では健常者の標準的な体を扱います。ところが本書では、「見えない」という特殊な体について考えようとしているわけですから。”

しかし、見えない体にフォーカスするからといって、必ずしもそこから得られるものが限定的だというわけではありません。障害者とは、健常者が者が使っていないものを使っている人です。障害者の体を知ることで、これまでの身体論よりもむしろ広い、体の潜在的な可能性までとらえることができるのではないかと考えています。“
したがって、本書はいわゆる福祉関係の問題を扱った書物ではなく、あくまで身体論であり、見える人と見えない人の違いを丁寧に確認しようとするものです。

とはいえ、障害というフェイズを無視するわけではありません。助けるのではなく違いを面白がることから、障害に対して新しい社会的価値を生み出すことを目指しています。

本書をグローバルの授業で使った理由は、この引用箇所に集約されると言っても過言ではありません。つまり、新たな気づきを通して、既成概念を打ち破ることにあります。他方、大学生協で本書を最初に見つけた時に、思わず手に取った理由は、別にありました。聾者と違い、盲者にとっての母語は音声言語です。私は、自分の専門領域の神経心理言語学の観点から、視覚情報が使えない先天的盲者の意味世界が、晴眼者と比べてどう違うのかについて、以前から強い関心を抱いていました。そこで、偶然とは言え、本書に出会えたのは、非常に幸運でした。以下では、その観点から本書を紹介します。

分かりやすい例として、色彩について書かれている箇所(pp.68-69)を取り上げます。

“個人差がありますが、物を見た経験を持たない全盲の人でも、「色」の概念を理解していることがあります。「私の好きな色は青」なんて言われるとかなりびっくりしてしまうのですが、聞いてみると、その色をしているものの集合を覚えることで、色の概念を獲得するらしい。たとえば赤は「りんご」「いちご」「トマト」「くちびる」が属していて「あたたかい気持ちになる色」、黄色は「バナナ」「踏切」「卵」が属していて「黒と組み合わせると警告を意味する色」といった

具合です。ただ面白いのは、私が聞いたその人は、どうしても「混色」が理解できないと言っていたことでした。絵の具が混ざるところを目で見たことがある人なら、色は混ぜると別の色になる、ということを知っています。赤と黄色を混ぜると、中間色のオレンジ色ができあがることを知っています。ところが、その全盲の人にとっては、色を混ぜるのは、机と椅子を混ぜるような感じで、どうも納得がいかないそうです。赤+黄色=オレンジという法則は分かっても、感覚的にはどうも理解できないのだそうです。“

ここに書かれていることから、晴眼者がいかに視覚情報に頼っているかが見えてきます。盲者は、視覚以外の感覚器官や身体運動を通して得られた情報を基に意味世界を創り上げるのに対し、晴眼者は、かなりの程度視覚情報に依存して意味世界を築いているようです。このことから、聾者の手話による意味世界と同様に、盲者の音声に基づく意味世界を再構築することが、必要であると痛感します。

次に、言語と非言語認知能力の関係を考える上で、参考になる箇所(pp.63-64)を取り上げます。次の例は、盲者ではありませんが、48歳まで斜視で立体視ができなかった女性に関する記述です。

そんな彼女が、四十八歳にして初めて立体視ができるようになった。物の立体感や、物と物の位置関係が分かるようになったので、初めての部屋に入ってもとまどうことはありません。内装がどうなっているか、その全体を一瞬で把握することができるようになったからです。つまり「空間とは何か」が分かるようになったのです。それは「魅力的でうっとりする」感覚だったとバリーは言います。空間の中にテーブルや椅子があり、その同じ空間に自分もいる。「自分がちゃんと世界に存在している感じ」を、バリーは四十八歳にして初めて手にいれたのです。

そんな大きな変化を経験した彼女において、情報を処理する仕方はどんなふうに変わったのでしょうか。彼女によれば、初めての部屋に入って空間の全体をぱっと把握できるようになったように、たとえば論文を読むときにも、全体を一気に読むときにも、全体を一気に把握することができるようになったそうです。それまでの彼女の情報処理の仕方は、「部分の積み重ねの結果、全体を獲得する」というものだった。ところが立体視ができるようになったことで、「まず全体を把握して、全体との関係で細部を検討する」という思考法ができるようになったのです。視覚の能力が思考法にも影響を与える、興味深い例です。

上述の内容から、空間認知能力が、言語理解に重要な役割を果たすことが示唆されます。また、これは書記言語だけでなく、音声言語にも当てはまると考えられます。このことから、言語の媒体が音声、手話、文字、点字のいずれであっても、文や文章を理解することに空間認知能力が深く関わっていることが分かります。

今回取り上げたのは、本書の中のほんの一部です。その他に、盲者と晴眼者の見方の違いについて考えたり、言語や言語に直接関係がない認知能力について考えたりする上で、示唆が得られる内容が満載です。ぜひ本書を手に取って、一読されることをお勧めします。

井狩幸男(いかり・ゆきお)

大阪市立大学英語教育開発センター教授
大阪市立大学文学部、大学院文学研究科にて学部生・院生の指導、並びに母語獲得・第二言語習得のメカニズムについて、心理言語学・神経言語学の観点から研究を行う。博士(文学)