2019年9年6月15日、新しい英語の学術団体「英語教育ユニバーサルデザイン研究学会(Association of Universal Design for English Language Learning:AUDELL)」が発足します。2006年学校教育法の一部改訂により特別支援教育の推進が通知され、知的な遅れのない発達障害の児童生徒が初めて対象となりました。これまでの特殊教育の対象の障害だけではなく、幼児児童生徒が在籍するすべての学校において支援の実施が明記され、大きな話題となりました。それから10年余が経ち、近年の調査等では全国の小中学校における発達障害の可能性のある児童生徒が通常学級に約6.5%程度在籍(文部科学省, 2012)していることが報告されましたが、現場の歩みはさほど速くはありません。
例えば通級を利用する児童生徒では特に注意欠陥多動性障害、学習障害、自閉症の増加が著しいことが示される(文部科学省, 2016)一方で、指導側の専門性の低さも指摘されています。同時に昨年の不登校に関する調査では、小中学校合わせて前年度から1万人増の14万人以上と過去最多となりました。社会全体がインクルージョンへと向かう中、まず最大の学びの場である通常学級が、子どもや家庭の多様性、求められる学びの変化に対応できていないこと、さらに指導の専門家の不足が「学校に行けない・行かない」状況(不登校等)の一因となっているのではないでしょうか。
これは子どもに関わるひとり一人の教員の問題であり、教育全体の問題と言えるでしょう。教科教育においても個別のニーズに対応していくため、本会は2011年に学習障害と英語教育を主テーマとした勉強会としてスタートしました。参加者は全国から集まり、2015年には関東支部が立ち上がり、全ての子どものニーズに対応できるユニバーサルデザインの英語教育の実現を目標とした会へと、参加者の構成や要望を反映しながら変化してきました。
本会の特徴をひとつ述べるとすれば、英語関係者だけでなく、特別支援教育学、心理学、言語聴覚士等の知識を持つ教員や専門家との協働が挙げられます。「何度単語を書かせても覚えない」と嘆く英語教員は毎年いますが、「なぜ書けないのか」がわからないため放置したり、問題を先送りすることが多いのではないでしょうか。一方、特別支援を任される教員のなかでも英語が指導できる人は多くありません。指導をしたくても英語に関する知識が十分でないため「英語はあきらめなさい」など、児童生徒にとって行き場のない状態が恒常化していました。
他科目とは異なり「英語だけは・・・」と言われるように、教科特有の難しさを指導と学びの両側面から考えて行かなくてはなりません。現状のように、指導の手が及んでいない領域を“指導の空白地帯”と私は考えています。それこそ教員も「どうしたらよいのか分からない」のです。この空白地帯の存在を私たちは認めていかねばなりません。そして、これまで見過ごされてきた子どもたちの困難さを理解し、論理的で根拠ある指導によって躓きを回避するためには、複数の専門領域がそれぞれの知見から学び合うことが必須です。
英語教員には英語の専門知識があり、特別支援教育関係者であれば、教室の環境整備や子どもの特性への配慮や教材作りが可能です。言語学や心理学の観点からは言葉の習得について、最新の知見に基づく助言が得られるでしょう。1人の子どもの事例を様々な角度から取り上げ学ぶことは、教室に座っている全ての子どもたちの理解にも広がっていきます。
さて本会の名称にも含まれる“ユニバーサルデザイン”という言葉ですが、もともと “すべての人のためのデザイン”を意味し、1980年代にロナルド・メイス教授によって提案されました。ユニバーサルデザインの配慮がなされた製品、建物、空間等ではアクセスへのバリア(障壁)が前もって予測され、バリアを取り除く(バリアフリー)ではなく、最初からバリアがない状態にすることが目指されています。多様化が進む社会において、「使う人」をあらかじめ想定した「わかりやすさ」を追求する観点は一層欠かせないものになっています。
教育においても同様です。何がわかりやすいか、は使う人によって異なります。これまでのように皆が同じと考えるOne Size Fits Allのやり方ではなく、指導者が学習者のニーズに合わせて多様な選択肢を用意し、適宜それを使いこなせるような柔軟性がなくては、これからの時代に生きる子どもたちの学びの自立にも対応できないのかもしれません。
私たちはそうした現場にとって必要な、実践的な英語教育の問題に正面から向き合い、諸領域と協力しながら新しい英語教育の指導実践を目指したいと考えています。今後皆様とも共に学ぶ機会があることを心より願っています。
武庫川女子大学 村上加代子